1. 爺ちゃんに聞いた話。
    山の方に住んでいたじいちゃんのお父さん(俺の曾爺ちゃん)、
    ある日米軍の飛行機?が落ちたのを目撃。
    山火事にでもなったら大変だ。ちょっと見てくる。そう言って、曾爺ちゃんは鉈を片手に出かけた。
    落ちたあたりに行ってみると、米兵さんが大怪我をしてうめいていた。
    爺ちゃんはその米兵さんを家に連れて帰って出来る限りの手当をしてみたが、薬も何も無い。
    看病したものの何日か苦しんだあと、とうとう亡くなってしまった。
    近所の人に「首に縄付けて死ぬまで引きずってやれ」みたいな事言われたりもしたし、
    亡くなった後も犬に喰わせてやれとかそんな感じでかなり批判されたようだけど、
    「死んじまったらみんな仏さんだ。」と火葬して、簡単にだけど葬った。

    戦争が終わって、占領軍(と、爺ちゃんは言った)がやってくるようになると、
    米軍の偉い人が来る、どうもあんたを捜していると言う話を聞かされた。
    何があるかわからないと言うんで曾爺ちゃんは
    爺ちゃんや曾婆ちゃんを山に隠して自分だけで働いていた。
    ほどなくして偉い人が曾爺ちゃんの家にやってきた。
    プロレスラーのようなでっかい体した人だったらしい。
    彼は「戦闘機が落ちただろう。それは何処だ。」と聞いてきた。
    曾爺ちゃんが飛行機の場所を地図で示して、
    「乗ってた人は亡くなった。墓が山にある。」と告げると、
    そのでっかい怖い人はすぐ連れて行ってくれと言い、
    「弟だ」とお墓を前にしてボロボロ泣いていたと。
    捕まってなぶり殺しにされて捨てられてるくらいに思ってたらしく、
    手当を受けてお墓まで建てて貰っていたと言う事に凄く感謝され、
    その後曾爺ちゃんの住んでいた一帯は物凄く優遇されてたらしい。
    なんでも山ほどくれるので食べるものに全然困らず、当時本当に助かったそうだ。
    「甘いのが欲しいつったら、チョコレートが木の箱にいっぱい来たよ。」と、爺ちゃんは言う。

    んでその曾爺ちゃんだが、米兵さんが残した時計を大事に持っていた。
    「つい、もらっちまってもいいかと思ってよぅ。…返しそびれてさぁ。悪いことしちまったなぁ…。」
    そんな事を、亡くなるまで言ってたらしい。今もうちの仏壇の中にある。